「自分の首を絞めながら微笑む女」は愛される?【大切な人との関係が苦しい】

人間関係

こんにちは。大阪の心理セラピストの福満です。

私には夢があります。

それはですね。夜は21時に寝て、朝は6時から散歩をするような生活です。それなのに。夜中にこのようなタイトルのブログを書き始めてしまうからまだまだ夢はかないそうもありません。。

今日は「大切な人との関係が苦しい」人。

「好きな人」「憧れの人」に素直に言いたいことが言えない。一緒にいることがつらい、苦しい。置いていかれそうで、見捨てられそうで、、ついつい頑張りすぎてしまう。尽くしてしまう。合わせてしまう。

そんな人に書いていきますね。

憧れの、大好きな、あの人に好かれたい!仲良くしたい!

「自己肯定感」という言葉が、徐々に浸透してきていますね。

さて「自己肯定感」って何だろうと考えた時に、ググると、笑、まあ、色々出てきます。「研究」されている「概念」でもあるので定義も一つではない部分があるんですね。類似の概念との差別化など検討の余地があるわけです。

でもものすごく簡単にいうと「ありのままの自分はそのまま生きててOK」という感覚の事でございます。

この言葉を、「自信」「価値のある自分でいよう」「だからこのままの自分をみんな認めるべきだ!」というように捉えてしまうと、ちょっとずれてきちゃいますね。

そして「ありのままの自分はそのまま生きててOK」を「だから努力や成長しなくてもOK!」「頑張らなくてもそのままでOK!だから頑張らない!」「頑張るってことは自己肯定感が低いからだ!」、、と開き直りに使ってしまってもまたおかしなことになっちゃいますよね。最近ちょっとそういう解釈もちらほら見えて、危険だな~と感じます。

たとえば、、

「憧れのあの人に近づきたいから頑張る!!」これってどう思いますか?

、、、私はね。あって当たり前の感覚だと思います。

  • 憧れのサッカー選手に近づきたい!頑張るぞ!
  • 大好きなあの人に褒められたいから奇麗になるぞ!
  • 先行くかっこいい先輩!あんなふうになりたい!

うんうん。素敵な事だと思います。逆に、これって「自己肯定感」が低いとできなかったりもします。なぜなら「そもそもの自分をOK!!」と思えていないから

  • 「頑張らないと褒められないなんて自分が下みたい!!」
  • 「練習しても憧れのサッカー選手みたいになれない自分」
  • 「あの人に追いつこうとしている自分」

等にその都度劣等感を感じて、素直に頑張ることが難しいんですね。そして「頑張らなくてOK!」とあきらめたり投げ出すのは、決して「自己肯定感高いから」とは言えないかなと思います。

褒められたい。追いつきたい。あんなふうになりたい。

それってとってもポジティブな原動力でもあるのでどんどん使って人生を前に進めるのは、私は賛成ですね。まあ、あれですよね💛恋の始まりの時とかもそんな感じじゃんね💛忘れたけどw

「ありのままの自分はそのまま生きててOK!!」をベースに頑張るイメージです。

、、、、ん?

何だかタイトルと違ってここまでは明るい感覚のお話ですね。

はい。ここからが本題です。

では、ある意味ポジティブなこの感覚に、どうしてあなたは苦しんでしまうのか?無理をしてしまうのか。我慢してしまうのか。

褒められたい・愛されたい・追いつきたい。それが苦しいのはなぜなのか。。

実はこのヒントもまた「自己肯定感」がヒントになります。

「肯定」の反対語は何でしょう。そうです。「否定」ですね。「自己否定の感覚」です。

愛されなければ死んでしまう。でもきっと愛されない。だから。

さきほどのポジティブな原動力になる時の

褒められたい・愛されたい・追いついたい。

その意味はこうなんです。

褒められたら嬉しいだろうな。きっと愛される。追いつける。でも、もしたとえそれが叶わなくても、私は大丈夫。泣いたり傷ついたりするかもしれないけど、立ち直る力があるし、そのままの自分に価値があるしそのままの自分で大切な存在だ。

でも、、

褒められたい・愛されたい・追いついたい。

これを苦しみに変えるときの意味はこうです。

褒められたら少しは安心できるかな。どうせ愛されないだろうな、こんな私。きっと見捨てられる。でも、もしも、本当にそれを体感してしまったら、みじめで傷ついて二度と立ち直れない。生きてる価値なんかない。。。

こんな感覚に心当たりはありませんか?

この根本的な「自己否定感」があると、褒められたい・愛されたい・追いつきたい。この感覚が「恐怖」と繋がってしまうんです。

どうせ愛されない。愛されないとみじめで孤独で生きている意味なんかない。。その恐怖が生み出すのはポジティブなパワーではなく自己犠牲と我慢のパワーです。

  • 精いっぱい相手に合わせてしまう
  • 我慢してしまう
  • 言いたいことが言えない
  • 自分を出せない
  • 自分を損なう程尽くしてしまう

大事な人、憧れの人、大好きな人、、その気持ちが強いほど、「自己犠牲」と「我慢」を繰り返しながら、「恐怖」を感じながら過ごすことになります。

だから、「大切な人」との関係が、しんどくて辛い関係になってしまいやすいんです。

目を覚まそう。現実を見よう。そして今の状態を見よう。

辛いよね。我慢して我慢して無理をして。。

。。。でもね。

例えばこれって、恋愛だとしたら。。相手はきっと何回も言っているかもしれません。

「そんな無理しなくてもいいよ。」「そのままで良いよ。」って。

でも、「自己否定感」を自分自身で握りしめている人は、「恐怖」でいっぱいなので、信じられないし聞こえないんですよね。だから、

「そんなわけはない」「でもこれくらいしないと」とかいって、無理をするんだよね。相手からすれば、「え、全然聞いてくれないな。全然信じてくれないな」状態で。

しかも目の前で、ずっと勝手に我慢して無理して苦しまれるわけです。心当たりないですか?勝手に不安になったり怒ったり心配したりして、泣いたり切れたりする、あなたの事ですよ。

そう、これがタイトルです。

自己否定感にがんじがらめで自己犠牲を払ってるって、

「平気よ平気よ。これくらい。愛してるから。ねっ。見捨てないで」と自分の首を絞めながら微笑んでいる女の状態で、そんなのホラーなんですよ。

普通の男なら、しんどくて苦しくて気持ち悪くて去っていきますよ。。。そして本人は「やっぱり愛されない」を強化してゆく。。

え??そんなの酷い?こんなに苦しんでいるのに?

、、、、では、首を絞めながら微笑んでるあなたを、「そんな君が好きだ!」と言ってくれたら嬉しいでしょうか。。。

そんなの、変態か人でなしだと私は思いますけどね。でもそれで嬉しいとしたらずっと首を絞めながら微笑み続けないといけないですよ。。それってどうなんだろう。

おそらく多くの人にとっては、(多分)これって望む姿じゃないですよね。。

じゃあ、どんな状態が、あなたの理想とする状態でしょうか。。

「自己否定感」を握りしめながら、その感覚で「人間関係」を作ると、「自己否定感」からくる「恐怖」で、相手の事も、自分の事もわからなくなってしまいます。

「大切な人との関係が苦しい」そんなひとは、

ますは、自分がどんな感覚で、人と関わっているか、そして自分の中でどんな感覚を持っているか。その自分の感覚と現実をしっかり見直していく事が、あなたにとっての「本当の解決」に繋がる一番の近道です。

本日はここまで。

それではまたね~~~。

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