「私ばかりが考えて、悩んで、苦しんでいる気がする」
そう感じるとき、もしかしたらそれは“人の問題”を自分のものとして背負っているのかもしれません。
親子関係、恋愛、仕事…あなたは相手の課題に立ち入りすぎていませんか?

あなたの悩みは、誰の問題ですか?
一見、自分の悩みに思えることでも、よくよく見ていくと「本当は相手の問題だった」というケースが少なくありません。
- 「彼がもっと優しくしてくれたら」
- 「娘がちゃんと学校に行ってくれたら」
- 「上司が理不尽なことを言わなければ」
- 「お客さんがもっと素直に話を聞いてくれれば」
このように、主語が「自分」ではなく「相手」になってしまっている時、あなたが抱えているのは“他人の問題”かもしれません。
彼との関係に苦しんでいませんか?
たとえば恋愛ではこういう悩み、よくありませんか?
- 彼が浮気を繰り返すけど「本当は私の愛情が足りないのかも」と思ってしまう
- 連絡が来ないと不安で眠れず、「私が悪いことをしたのか」と責める
- 彼の愚痴や不満を聞き続けて、自分の時間や感情がぐちゃぐちゃになる
これは典型的な「共依存」の状態。
相手の機嫌や行動、幸せを自分の責任のように感じてしまい、疲弊してしまうのです。
親子関係でも、同じことが起きているかも
「子どもが学校に行けない」
「就職してもうまくいかない」
「友達関係に悩んでいる」
そうした問題に心を痛めるのは、親として当然です。ですが…
-
「この子が幸せにならないと、私の人生が報われない」
-
「この子がうまくいかないのは、私の育て方が悪かったから」
-
「学校に行かないなんて、この子は普通じゃない」
といった考え方になっている場合、実は問題は“子ども自身”ではなく、“あなたの感じ方”の中にあります。
たとえばこんな感覚、ありませんか?
-
子どもと自分の境界線があいまい
-
子どもの失敗が自分の失敗のように怖い
-
子どもをうまくいかせることで、自分の価値を保とうとしている
これもまた、「共依存」の状態です。
仕事でも、気づけば人の悩みを背負っている
-
後輩の失敗を全部フォローしてしまう
-
上司のストレスのはけ口にされている
-
お客さんが不機嫌だと「自分が悪かったのかも」と思ってしまう
…こんな風に、人の課題まで背負ってしまう人はとても多いです。
一見「責任感がある人」「優しい人」ですが、実は「線が引けていない人」とも言えるかもしれません。
共依存を手放すことは、冷たいことじゃない
共依存の関係にいると、「線を引くなんて冷たい」「突き放すなんて無責任」と感じる方も多いでしょう。
でも、本当は逆です。
人の人生を奪わないために、
その人の問題はその人に返す。
それは“優しさ”であり“尊重”なのです。
子どもの人生は子どものもの
パートナーの課題はパートナーのもの
上司の不機嫌は上司の問題
あなたは、「あなた自身の人生」だけを背負えばいいのです。
大切なのは、自分の境界線を取り戻すこと。
「これはあの子(あの人)の問題だ」と見分ける力。
そして「私は私の人生を、自分の足で生きる」と決めることです。
これは冷たいことではありません。
むしろ本当の意味で相手を信じ、尊重し、自立を応援する姿勢です。
共依存の関係では、お互いが依存と支配で苦しくなります。
でも境界線が引けるようになると、お互いが「自分の人生を生きながら助け合える関係」になっていけるのです。

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私自身、長年「共依存」の中で生きてきました。
親の問題を背負い
恋愛で自分を犠牲にし
「私がなんとかしなきゃ」と思い込んでいました。
でも、リトリーブサイコセラピーに出会い、
本当に「自分を生きる」ということがどういうことかを知ることができました。
- 自分の感情と他人の感情を区別する
- 境界線を引くことに罪悪感を持たなくなる
- 相手を信頼し、自分も信頼する関係を築く
人の悩みを「何とかしてあげたい」と思えるあなたは、優しくて、責任感のある人です。
でも、その優しさがあなた自身を傷つけているなら、それは本当に望む在り方でしょうか?
あなたがまず、自分の人生を自分で生きること。
その姿を通して、周囲にも「生きる力」は必ず伝わっていきます。
もしあなたが、
「なんで私ばっかり…」
「私が変わらなきゃダメなのかな…」
そんな風に悩んでいるなら、それは「人の問題を自分が背負っているサイン」かもしれません。
その生き方から抜け出す方法は、必ずあります。
一緒に、自分を取り戻していきましょう。
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